前立腺癌の治療を完遂された皆様、治療後の新たな生活において、性機能の問題でお困りではありませんか。「相談しづらい」「どこに聞けばよいか分からない」というお気持ちは、多くの患者さんが抱える共通の悩みです。
当院を受診される患者さんからも「手術は成功したが、性機能が全く戻らない」「放射線治療後、勃起しなくなった」「主治医に相談したが『様子を見ましょう』と言われた」といったお話をよく伺います。しかし、適切なリハビリテーションと治療により、多くの方で改善が期待できるのが現在の医学です。
前立腺癌治療が性機能に与える影響とは
手術による影響のメカニズム
前立腺全摘除術(根治的前立腺摘除術)では、前立腺とともに周囲の神経血管束が影響を受けることがあります。この神経束は勃起に必要な血管拡張を司る副交感神経を含んでおり、手術によって損傷されると勃起機能が低下します(1)。
神経温存手術が標準的に行われるようになった現在でも、術後の勃起機能障害(ED)の発生率は研究により幅があり、神経温存の程度や評価時期によって20-90%と大きく異なります(2)。一般的な傾向として:
- 両側神経温存:比較的良好な機能維持
- 片側神経温存:中等度の機能低下
- 神経温存なし:高度の機能低下
放射線治療による影響
外照射放射線治療や小線源治療(ブラキセラピー)では、海綿体の血管や神経組織が放射線の影響を受け、徐々に勃起機能が低下していきます。放射線治療後のED発生率は治療方法や線量により異なりますが、治療開始から数年で25-60%程度に達するとされています(3)。
ホルモン療法の影響
アンドロゲン除去療法(ADT)により男性ホルモン(テストステロン)が低下すると、性欲の減退とともに勃起機能も著しく低下します。治療期間が長くなるほど、その影響は深刻になる傾向があります(4)。
性機能改善治療の選択肢と効果
PDE5阻害薬による治療
作用メカニズム
シルデナフィル(バイアグラ)、タダラフィル(シアリス)、バルデナフィル(レビトラ)などのPDE5阻害薬は、勃起時の血管拡張を促進する薬剤です。神経温存手術後の患者さんでは、残存する神経機能を最大限活用できます。
効果について
前立腺癌術後患者さんを対象とした研究では、PDE5阻害薬の有効率は35-65%程度と報告されており(5)、神経温存の程度や術後経過時間により効果に差があります。
実際の処方例
患者さんの状態に応じて以下のような処方を行います:
- タダラフィル 10-20mg(持続時間が長く、食事の影響を受けにくい)
- シルデナフィル 25-50mg(効果発現が早い)
- 必要に応じて他の薬剤との併用も検討
陰圧式勃起補助具(VED)
治療原理
陰圧式勃起補助具は、陰茎を筒状の器具に入れて陰圧をかけることで血液を流入させ、勃起状態を作り出す治療法です。薬物療法が効果不十分な場合の選択肢として有効です。
適応と効果
前立腺癌術後患者さんでの使用継続率は研究により異なりますが、適切な指導により多くの方で効果が得られています(6)。薬物療法との併用により効果が向上することが知られています。
海綿体注射療法(ICI)
治療方法
プロスタグランジンE1(PGE1)を直接海綿体に注射する治療法です。神経機能に依存しないため、重度の神経損傷がある場合でも効果が期待できる可能性があります。
効果と安全性
前立腺癌術後患者さんでの有効率は60-85%程度と報告されています(7)。自己注射の導入時には、医師・看護師が手技習得をサポートします。
体外衝撃波治療(Li-ESWT)
治療原理
低強度体外衝撃波治療(Li-ESWT)は、陰茎海綿体に低強度の衝撃波を照射することで血管新生を促進し、勃起機能の改善を図る治療法です(8)。
前立腺癌術後患者さんへの効果
前立腺癌術後のED患者さんを対象とした研究は限定的ですが、軽度から中等度の神経損傷がある場合に効果が期待できる可能性があります。代表的な治療プロトコルとして週2回、6週間程度の治療が行われることが多いですが、施設により異なります。
治療の特徴
- 非侵襲的で痛みがほとんどない
- PDE5阻害薬との併用により効果が向上する可能性
- 重篤な副作用はほとんど報告されていない
幹細胞上清液治療(先進的観察研究)
治療原理と背景
幹細胞上清液(間葉系幹細胞培養上清液)は、幹細胞が分泌する各種成長因子やサイトカインを含有した治療薬です。血管新生の促進、神経再生の促進、炎症の抑制などの作用により、損傷した組織の修復を促進することが期待されています。
前立腺癌術後EDへの応用
前立腺癌術後の神経損傷による勃起機能障害に対し、当院では倫理委員会の承認を得た観察研究として幹細胞上清液治療を実施しています。海綿体への局所注入により、損傷した血管・神経組織の再生を促進し、勃起機能の改善を目指します。
研究段階の治療
この治療は現在研究段階にあり、長期的な効果や安全性については継続的な観察が必要です。従来の治療法で効果が不十分な症例において、十分なインフォームドコンセントのもとで実施しております。
陰茎プロテーゼ植込み術
適応条件
他の治療法で効果が得られない場合の最終的な選択肢として、陰茎プロテーゼの植込み手術があります。機械的に勃起機能を回復させる方法で、適切な症例では高い患者満足度が報告されています。
ただし、この治療法は国内では実施可能な施設が限られており、十分な経験と技術を持つ泌尿器科医による手術が必要です。欧米では一般的な治療選択肢ですが、日本では保険適応外のため費用面での負担も大きく、慎重な検討が必要です。
種類と特徴
- 3ピース型:最も自然な勃起に近い
- 2ピース型:手術侵襲が少ない
- セミリジッド型:最も簡単な構造
治療開始のタイミングと継続の重要性
早期治療開始の意義
前立腺癌術後の性機能改善において、早期からの治療開始が重要です。術後3-6ヶ月頃から積極的にリハビリテーションを開始することで、海綿体の線維化を予防し、将来的な自然勃起の回復可能性を高めることができます(9)。
ペニスリハビリテーションの段階的アプローチ
段階 | 治療内容 | 開始時期の目安 |
---|---|---|
第1段階 | PDE5阻害薬の定期的服用 | 術後3-6ヶ月 |
第2段階 | VEDの併用 | 第1段階で効果不十分な場合 |
第3段階 | 体外衝撃波治療の追加 | 術後6ヶ月以降 |
第4段階 | 海綿体注射療法の導入 | 上記で効果不十分な場合 |
第5段階 | 幹細胞上清液治療(観察研究) | 従来治療で効果不十分な場合 |
第6段階 | 陰茎プロテーゼの検討 | 最終的な選択肢として |
心理的サポートの重要性
カップルでの取り組み
性機能の問題は患者さんお一人だけの問題ではありません。パートナーの理解と協力が治療成功の鍵となります。必要に応じてカップルカウンセリングも提案しています。
メンタルヘルスへの配慮
前立腺癌治療後は、癌への不安と性機能の問題が重なり、うつ症状を呈される方も少なくありません。必要に応じて心理カウンセリングや抗うつ薬の処方も検討し、総合的な治療を行います。
大阪梅田紳士クリニックでの治療アプローチ
個別化医療の実践
当院では、前立腺癌術後の性機能障害に対して、患者さん一人ひとりの状態に応じた個別化治療を提供しています。初診時には詳細な問診と必要な検査を行い、最適な治療プランを立案いたします。
当院の特徴
- 泌尿器科専門医・性機能専門医による診療
- 他院で「改善困難」とされた症例にも対応
- 最新の治療機器・薬剤を完備
- 倫理委員会承認のもと先進的な観察研究も実施
- プライバシーに配慮した診療環境
具体的な治療の流れ
- 初回診察:詳細な病歴聴取と身体診察
- 検査実施:必要に応じてホルモン検査・血管評価
- 治療計画立案:患者さんのご希望を含めた総合的判断
- 治療開始:段階的アプローチによる治療実施
- 定期フォロー:効果判定と治療調整
当院での治療経験
当院で治療を受けられた前立腺癌術後患者さんの多くで、何らかの性機能改善を実感していただいています。完全な回復は困難な場合もありますが、患者さんとパートナーの満足度向上を目標とした治療を心がけています。
まとめ:専門医による適切な治療を
前立腺癌術後の性機能障害は確かに治療が困難な場合もありますが、現在では様々な治療選択肢があり、多くの患者さんで改善が期待できます。「年齢的に仕方ない」「手術後だから諦めるしかない」と考える必要はありません。
重要なことは、専門知識を持つ医師のもとで適切な治療を受けることです。当院では前立腺癌術後の性機能障害に対し、PDE5阻害薬処方から体外衝撃波治療、海綿体注射療法、さらには倫理委員会承認のもとでの幹細胞上清液治療まで、患者さんの状態とご希望に応じた幅広い治療選択肢を提供しています。陰茎プロテーゼ植込み術についても、適応がある場合は専門施設との連携により対応可能です。一人で悩まず、ぜひ一度ご相談ください。
参考文献
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