クラミジア感染症の基礎知識と最新情報2025

1. クラミジア感染症とは

概要

クラミジア感染症は、「クラミジア・トラコマティス」という細菌が原因で起こる性感染症です。性行為を通じて感染し、男性・女性ともに症状が現れる場合がありますが、特に女性では無症状のまま進行することが多く、気づかれにくい疾患です。この疾患は性感染症の中で最も多く報告されており、現代の公衆衛生における重要な課題とされています。

歴史的背景

クラミジア感染症は古くから存在していたと考えられますが、細菌の正体が明らかになったのは20世紀後半です。それ以前は「非淋菌性尿道炎」として分類され、病因が明確ではありませんでした。

古代エジプトの記録には、クラミジアによるとされる目の感染症(トラコーマ)の記述が見られます。性行為による感染症として注目されたのは、抗生物質の普及や感染症に関する研究が進んだ20世紀の後半になってからです。

一般知識として知っておきたいこと

  • 隠れた感染症: クラミジア感染症は無症状であることが多く、自覚がないまま感染が広がりやすい特徴があります。このため、「隠れた感染症」として知られています。
  • 性感染症の中で最も多い感染症: 世界保健機関(WHO)の報告では、毎年1億人以上が新たに感染していると推定されており、日本でも毎年多くの感染者が報告されています。
  • 社会的な影響: 未治療の場合、女性では不妊症や骨盤内感染症の原因となり、男性では精巣上体炎を引き起こす可能性があります。また、妊娠中に感染していると新生児結膜炎や肺炎を発症するリスクが高まることが知られています。

2024年までの日本国内における流行の状況

厚生労働省のデータによると、日本での性器クラミジア感染症の報告数は毎年約2万件前後で推移しています。特に10代後半から20代前半の若い世代で感染率が高く、女性の感染者が男性より多い傾向があります。都市部での報告が多い一方、地方でも無症状感染者が多いことが問題となっています。

感染が広がる背景には、症状が軽いため気づかれにくいこと、検査や治療が行われていないケースが多いことが挙げられます。このため、定期的な検査や早期治療の重要性が指摘されています。

2. 感染経路と症状の進行

感染経路

クラミジア・トラコマティスは、性行為(膣、肛門、口腔)を通じて広がる細菌性感染症です。感染部位は性行為の種類によって異なり、性器だけでなく、咽頭や肛門直腸にも感染する場合があります。特にオーラルセックスやアナルセックスを介した感染は、無症状で進行することが多く、気づかないうちに感染が拡大するリスクがあります。

さらに、妊婦が感染している場合、出産時に新生児に感染が伝播し、新生児結膜炎や肺炎を引き起こすことがあります(文献 [2], [3])。

1回の性交渉による感染リスク

クラミジアは1回の性交渉で、男性から女性へは約40%、女性から男性へは約30%の確率で感染すると報告されています。この感染率は他の性感染症と比べても高く、特にコンドームを使用しない場合、感染のリスクが大幅に上昇します(文献 [4], [5])。

症状

1. 男性特有の症状

  • 尿道炎
    男性では、尿道がムズムズしたり、排尿時に痛みが出ることがあります。また、透明または白っぽい分泌物が尿道から見られる場合もあります。この症状が進行すると、感染が精巣上体に広がるリスクがあります(文献 [4], [5])。
  • 精巣上体炎
    感染が精巣上体に及ぶと、精巣の裏側に痛みや腫れが生じます。この状態が慢性化すると精子の質が低下し、不妊症のリスクが高まる可能性があります(文献 [8])。

2. 女性特有の症状

  • おりものの変化
    感染初期には、おりものの量が増えたり、色やにおいに異常が見られる場合があります。これらの変化は月経周期やホルモン変動と混同されやすいため、症状が見逃されがちです(文献 [7])。
  • 骨盤内感染症(PID)
    治療が遅れると感染が子宮や卵管に広がり、骨盤内感染症を引き起こします。この状態では下腹部の激しい痛みや不正出血が見られるほか、不妊症や子宮外妊娠の原因にもなります(文献 [7])。

3. 咽頭感染

咽頭クラミジアは、主にオーラルセックスを介して感染します。咽頭感染の約85%~90%が無症状とされる一方、一部ではのどの痛みや腫れ、違和感が見られることがあります。こうした軽い症状は風邪や喉の炎症と見分けがつかない場合が多いため、診断が遅れる原因となります(文献 [6], [7])。

4. 肛門直腸感染

肛門や直腸に感染すると、かゆみや痛み、分泌物、軽い出血が生じることがあります。ただし、症状が現れないケースも多く、検査で初めて感染が判明することが少なくありません(文献 [7])。

無症状感染のリスク

感染者の約70%~80%の女性、50%の男性が無症状であり、特に咽頭感染では約85%~90%が無症状とされています(文献 [2], [6], [7])。無症状で進行するため、感染に気づかないままパートナーに広げてしまうケースが多いのが、クラミジア感染症の特徴です。このため、症状がなくても定期的な検査が推奨されます。

3. 検査方法と診断

検査の重要性

クラミジア感染症は、感染者の多くが無症状で進行するため、定期的な検査が感染拡大を防ぐ重要な手段となります。感染が進行すると、不妊症や骨盤内感染症(PID)などの重篤な合併症を引き起こすリスクがあるため、早期発見が不可欠です(文献 [9], [10])。

主要な検査方法

1. PCR検査

PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査は、クラミジア・トラコマティスの遺伝子を検出する方法で、高感度かつ高特異度を誇ります。医療機関でのPCRキットを用いた検査では、感度98.4%、特異度100%という非常に高い精度が報告されています(文献 [10])。

最近では迅速なリアルタイムPCR検査が開発され、より短時間での結果判定が可能となりました。これにより、診断が迅速化し、患者への早期治療が促進されています(文献 [9])。

感染部位が、無症状に複数存在するケースも多々あります。例えば、尿道と咽頭の両方にクラミジアが感染していることがありますが、その場合は、尿道と咽頭の両方についてそれぞれ検査をしなければ、正しい診断に繋がりません。

2. 尿検査

尿検査は特に男性患者において簡便で非侵襲的な検査法として広く使用されています。尿中に存在するクラミジア・トラコマティスの遺伝子を検出するためにPCR検査と組み合わせて用いられることが一般的です。

3. 分泌物検査

女性の場合、膣または子宮頸部から採取した分泌物を用いて検査を行います。これもPCR法を組み合わせることで精度が向上します。

4.うがい検査・咽頭ぬぐい検査

咽頭感染を疑う場合は、うがい検査または咽頭ぬぐい検査を行ないます。

5. 抗体検査

意義


クラミジア抗体検査は、過去の感染歴や慢性感染の有無を確認するために有用です。PCR検査が現在の感染を検出するのに対し、抗体検査は免疫反応を通じて感染歴を評価します。

用途


特に不妊治療の際に、骨盤内感染症(PID)の既往を評価する目的で実施されることが多いです。不妊症の女性患者において、クラミジア抗体陽性率が高いという報告があり、過去の感染が原因で卵管閉塞や機能不全が起きている可能性を示唆します(文献 [11])。

限界

抗体検査は、現在の感染状況を直接的に示すものではありません。そのため、PCR検査と併用することで、現在の感染状況と過去の感染歴の両方を把握することが推奨されます。

4. 治療と予防

治療

クラミジア感染症は、適切な治療を受ければ完治が可能な性感染症です。アジスロマイシンやドキシサイクリンなどの抗菌薬が一般的に使用されます。

  1. アジスロマイシン(Azithromycin)
    • 1回1gを経口で服用するだけで治療が完了します。
    • 簡便さが特徴で、治療完遂率が高いことから、第一選択薬として広く採用されています。
  2. ドキシサイクリン(Doxycycline)
    • 7日間、1日2回服用する必要があります。
    • 骨盤内炎症性疾患(PID)や感染が慢性化している場合に特に有効とされています。
  3. レボフロキサシン(Levofloxacin)
    • 7日間、1日1回500mgを服用。
    • 他の治療薬が効果を示さない場合の選択肢として使用されます。
  4. エリスロマイシン(Erythromycin)
    • 7日間、1日2~4回に分けて服用。
    • 妊娠中の方や特定のアレルギーを持つ患者に対して使用されることがあります。

治療の注意点

治療を成功させるためには、医師の指示に従い、処方された薬を規定どおりに服用することが重要です。上記の治療薬の奏効率は90%程度であり、100%治癒するという保証はありません。裏を返せば、確率的に10回に1回は、治療が失敗する可能性があることを意味しており、症状が消えたとしても、治療後には必ず再検査を受け、感染が完全に治癒していることを確認することが推奨されます。

パートナー治療の必要性

クラミジア感染症は性行為によって感染が広がるため、自分が治療を受けても性行為のパートナーが治療を受けなければ再感染のリスクがあります。パートナーも同時に治療を受けることで、感染の連鎖を断つことができます。

予防

コンドームの使用

クラミジア感染症を予防する最も簡単で効果的な方法は、性行為の際にコンドームを正しく使用することです。これにより、感染リスクを大幅に減らすことが可能です。

定期的な検査

クラミジア感染症は自覚症状がないまま進行することが多いため、感染リスクがある行動をした場合や不安を感じた際には、早めに検査を受けることが大切です。特に若年層や複数の性行為パートナーがいる人は、定期的な検査を受けることで早期発見が可能になります。

5. よくある質問Q&A

Q1. 性器クラミジア感染症はどのように感染しますか?

性行為(膣性交、肛門性交、口腔性交)を通じて感染します。また、感染者の体液が粘膜に接触することで感染することがあります。

Q2. 感染しても症状が出ないことはありますか?

はい。クラミジア感染症は無症状の場合が多く、特に女性の約70%、男性の約50%が自覚症状を持ちません。そのため、気付かないまま感染が広がることがあります。

Q3. 検査はどのように行いますか?

当院では、性器クラミジアに対しては尿検査を、咽頭クラミジアについてはうがい検査を実施しています。最近では、PCR検査により高精度で検出が可能です。

Q4. 治療中に注意することはありますか?

治療期間中は性行為を避けてください。また、パートナーも一緒に治療を受けることが重要です。当院で処方された薬は必ず指示通りに服用し、自己判断で中断しないようにしましょう。

Q5. 再感染することはありますか?

はい。治療後に再度感染することがあります。特に、パートナーが治療を受けていない場合や新たなパートナーとの性行為がある場合、再感染のリスクが高まります。

Q6. 妊娠中に感染した場合、胎児に影響はありますか?

妊娠中のクラミジア感染は、出産時に新生児へ感染する可能性があります。新生児結膜炎や肺炎の原因となることが知られており、早期治療が必要です。当院では妊婦でも安全に使用できる抗菌薬をご提案しますので、ご相談ください。

Q7. 感染しているかもしれない場合、どうすればいいですか?

感染が疑われる場合、できるだけ早く検査を受けてください。また、最近接触した性行為のパートナーにも検査と治療を勧めることが重要です。

Q8. クラミジア感染症は自然に治りますか?

いいえ。クラミジア感染症は自然に治癒することはありません。放置すると、男性では精巣上体炎、女性では骨盤内炎症性疾患(PID)を引き起こす可能性があり、不妊症につながることもあります。

Q9. 性行為以外で感染することはありますか?

性行為以外での感染は稀ですが、粘膜を介した接触の他、ジェルや性具によって感染する可能性は否定できません。

Q10. 治療費はどのくらいかかりますか?

当院での治療費は検査方法や使用する薬剤によって異なりますが、保険適用の場合は数千円程度です。詳細についてはお気軽にお問い合わせください。

Q11. 淋菌や梅毒など、他の性感染症と同時に検査した方が良いですか?

はい。クラミジア感染症に感染している場合、淋菌や梅毒、HIVなど他の性感染症に同時に感染している可能性があります。当院では包括的な検査が可能ですので、ご相談ください。

Q12. 性器クラミジア感染症を予防するためにできることは?

性行為の際にコンドームを正しく使用することで、感染リスクを大幅に減らすことができます。また、定期的な検査を受けることや、パートナーとお互いの健康状態について話し合うことも重要です。

Q13. パートナーがクラミジア陽性と診断されました。どうしたらよいですか?

まず、ご自身も当院で検査を受けることが必要です。たとえ症状がなくても感染している可能性があるため、早期の検査と治療が重要です。また、性行為を控え、医師の指示に従って治療を進めてください。

Q14. 咽頭と性器と2カ所検査する必要がありますか?

はい。当院ではクラミジア感染症が性器だけでなく咽頭にも感染する可能性があるため、オーラルセックスの経験がある場合は両方の部位を検査することを推奨しています。適切な検査方法についてはご相談ください。

参考文献

  1. 厚生労働省, 「性感染症報告数統計データ」, 2024.
  2. B. Grygiel-Górniak et al., “Chlamydia trachomatis—An Emerging Old Entity?,” Microorganisms, 2023.
  3. C. O’Connell et al., “Chlamydia trachomatis Genital Infections,” Microbial Cell, 2016.
  4. M. Malhotra et al., “Genital Chlamydia trachomatis: An update,” The Indian Journal of Medical Research, 2013.
  5. C. Haggerty et al., “Risk of sequelae after Chlamydia trachomatis genital infection in women,” The Journal of Infectious Diseases, 2010.
  6. M. Frej-Mądrzak et al., “Diagnosing Chlamydia Trachomatis Urinary Tract Infections–Preliminary Report,” Advances in Clinical and Experimental Medicine, 2015.
  7. “The Incidence and Correlates of Symptomatic and Asymptomatic Chlamydia trachomatis and Neisseria gonorrhoeae Infections in Selected Populations in Five Countries.”
  8. D. A. Paira et al., “Chronic epididymitis due to Chlamydia trachomatis LGV-L2 in an HIV-negative heterosexual patient: a case report,” Frontiers in Public Health, 2023.
  9. Clare Cornwell et al., “P487 A novel rapid real-time PCR test for the detection of Chlamydia trachomatis in patient samples,” Sexually Transmitted Infections, 2019.
  10. “Use of a commercial PCR kit for detecting Chlamydia trachomatis,” Observational Study, 2019.
  11. C. Haggerty et al., “Risk of sequelae after Chlamydia trachomatis genital infection in women,” The Journal of Infectious Diseases, 2010.
  12. 日本性感染症学会. “性感染症診断・治療ガイドライン 2020.”